第一章 続々・モウエンの淡い恋

 それを確認した後、モウエンはマーシュを抱きかかえ、帝都から姿を消す。
 次に姿を表すのは、少し離れた所にある宿場町。
 一足先に都を離れていたダルカスが、二人分の衣装を用意して待っていたのだ。

 部屋に入り、頷き合うダルカスとモウエン。
 体の一点に集中して力を込め、一声、気合いを掛けると、マーシュが目を開いた。

「ここは?」
 目をぱちくりさせるマーシュに、横からダルカスが声を掛けた。
「気が付いたか、マーシュとやら。手間な事をさせて悪かったな。」
 にっこり笑っているその男がダルカスである事は重々承知していたので、マーシュは飛び起きて床に額を擦り付けた。
「こ、この度は、ご迷惑をお掛け致しまして、誠に申し訳ございません!かくなる上は、我が命をもってお詫びしとう存じます!!」
 悲鳴のような声で、そう叫ぶマーシュを見て、ダルカスはモウエンの体を肘で突ついた。
「おい、聞いていた話より、数倍真面目ではないか。それよりモウエン、彼女を止めろ。本当に自害されては困るだろ?」
 ダルカスの言葉を聞いて、モウエンは慌ててマーシュを止めに近寄る。
「お前が詫びる必要は無い。」
 モウエンが、そう声を掛けると、その言葉にダルカスが続けた。
「モウエンの言う通りだ。命なんか要らん。いや、俺は要らんが、どしてもくれてやると言うなら、そのモウエンにくれてやってはくれんか?」
「ダ、ダルカス様…。」
 それに慌てたのは、モウエンであった。
「なんだ今更、どうこう言う事もないだろう。この女は、自分の命を詫びの代わりに差し出すと言うのだから、それを俺が受け取ったら、後はどうこうしようと俺の勝手だろう。なぁ、マーシュとやら、違うか?」
「あ、は、はい。その通りでございます。」
「勿論、お前がしなければならん事も分かってはいるが、まぁ、それはさて置きだ。一応お前は帝都において、このモウエンに討ち取られた事になっておるのだ。」
 と、ダルカスは、モウエンがマーシュに見せた手紙の意図について説明を始めた。
「はい…。」
「つまりだ。お前はこれから、新たな姿で生きて行って貰わねばならん。」
 そのダルカスの言葉の真意を掴み逸びれたマーシュは、ポカンとしていた。
「まぁ、そうなるのも仕方のない事だな。モウエン、マーシュの事は頼むぞ、良いな?」
「あ、い、いや、その、頼むと言われましても…。」
 慌てふためくモウエンの顔に、ぐいと自分の顔を近付けてダルカスが笑った。
「何だモウエン、俺が貰った『詫びの印』をお前に渡すのが、そんなに嫌か?」
「いえ、決して、その様な事は…。」
「じゃぁ、そういう事で良いな?モウエン、マーシュ。」
「はい。」
 マーシュは、健気に答える。
 それにダルカスが付け加えた。
「あ、それからな、マーシュ。さっきも言い掛けた事なんだが。」
「はい、何でございましょうか?」
「お前がどうして、このモウエンや俺に近付こうとしたのか、それを今更問い質そうとも思わん。だが、新たな姿で生きて行って貰う以上、その事は、忘れて貰う事になるぞ?」
「はい。この命をお詫びの印に、と申し上げましたので、どのようにされましても、私には否やはございません。今日までの命令を忘れろと仰るのであれば、その様に致します。」
「うむ、すまんな。では、お前はこれから、マーシュではなくマシュロイと名乗るのだ。それから、お前の新しい主人は、このモウエンだ。良いな?」
 ダルカスは、先程から言っている事を念押しするかの様に、マシュロイに告げた。
「畏まりました。」
 そう答えると、マシュロイは深々と頭を下げた。
「お、おい、何を勝手にっ?」
 マシュロイが頭を下げている横で慌てるモウエンの顔の前で、ダルカスがもう一度こう言った。
「何を言っている、モウエン?お前、先程俺から『詫びの印』を受け取ってくれると言ったのではないか?」
「あ、いや、それは確かにそうですが、しかし、その『主人』とか、その…。」
「何だ、その事か。」
 顔を紅くしているモウエンを見て、ダルカスは大笑いした。
「良く考えるんだぞ、モウエン。その女を生かすも殺すも、お前次第だからな?」
「は、はっ?」
「お前の知略、戦術に加え、その女の情報網があれば、先ず戦になっても、負ける事はなかろう。俺が指示を出すよりも、お前の戦術に合わせて的確にその女の力を使う事が出来るのであれば、お前が直接指示を出す方が良い。だから、マシュロイの主人はお前だと言った。文句あるか?」
 顔は笑っているが、目は笑っていなかった。
 モウエンは、畏まりました。と一言返事をしたが、その横でやり取りを聞いていたマシュロイは、小刻みに震えていた。
 あの爆雷闘将と呼ばれたモウエンですら気負される程の目力とオーラ。
(なんという人なのだ、このダルカスという人は…。敵に回していなくて良かったとしか思えない……。)
 後に『華《か》舞《ぶ》鬼《き》(騎)衆』と呼ばれる一軍を作り上げる男の片鱗は、既にこの時、垣間見えていたのである。

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